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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)2594号 判決 1994年4月22日

主文

一  被告は、(一)原告池内清雄に対し、七四万二五〇〇円及び内六七万五〇〇〇円に対する昭和五六年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、(二)原告藤本恵子に対し、二六万四〇〇〇円及び内二四万円に対する昭和六〇年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、(三)原告千葉孝子に対し、七二万六〇〇〇円及び内六六万円に対する昭和六〇年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を、(四)原告硲恵美子に対し、八六万四六〇〇円及び内七八万六〇〇〇円に対する昭和六一年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、(五)原告中川武に対し、四九万五〇〇〇円及び内四五万円に対する昭和六一年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ別紙請求金目録の合計金額欄記載の各金員及び内同目録の支払金額欄記載の各金員に対する同目録の最終支払日欄記載の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  事案の概要

一  基本的な事実関係

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる(一部当事者間に争いがない事実を含む。)。

1  被告は、不動産の売買及び売買の仲介等を業とする和合開発株式会社(以下「和合開発」という。)の代表取締役である。

2  (原告らに対する詐欺行為)

(一) いずれも長谷川義秀こと金陽廣がその実質的経営者である三陽商事株式会社(以下「三陽商事」という。)及び三青商事株式会社(以下「三青商事」という。)(三陽商事及び三青商事を、以下「三陽商事等」という。)は、山林原野を販売するにあたり、真実は、右山林原野が販売代金以上に値上がりする見込みが全くなく、その実際の価格が右代金に比して著しく低い土地であるにもかかわらず、数年の間に確実に値上がりする有望な土地である旨虚偽の事実を述べ、また、右山林原野を将来、販売代金以上の金額で買い取つたり、転売斡旋をしたりする意思がないにもかかわらず、これがあるかのように装うなどして、相手方を欺くことによつて、右山林原野を販売する詐欺行為(いわゆる原野商法)を組織的かつ継続的に行つていた会社である。

(二) 原告池内清雄(以下「原告池内」という。)は、三陽商事から、昭和五六年一一月二日と同月一六日の二回にわたり別紙売買契約目録(1)記載の契約番号<1>、<2>の各土地を同目録記載のとおり買い受け(一平方メートル当たり約七六〇〇円)、同商事に対してその代金を同目録記載のとおり支払つた。

同原告が右の各売買契約を締結したのは、各契約締結の際、三陽商事の従業員である上田豪二や金本茂雄が同原告に対し、真実は、後記3のとおり、右各土地は販売代金以上に値上がりする見込みが全くなく、その実際の価格が右代金に比して著しく低い土地であるにもかかわらず、また、国による買取の予定など存在せず、同商事において将来、転売斡旋をする意思など全くないにもかかわらず、「むつ小川原開発で、国と青森県が事業開発を行つており、この付近の土地を買つておくと五年後には二倍強に売れる。当社が責任をもつて転売する。もし、会社が倒産しても国の開発地区になつているので、国が買取してくれる。」との虚偽の事実を述べて同原告を欺き、同原告をしてその旨誤信させたためである。

(三) 原告藤本恵子(以下「原告藤本」という。)は、三青商事から、昭和五八年六月三日から同六〇年一一月六日までの間に五回にわたり、別紙売買契約目録(2)記載の契約番号<1>ないし<5>の各土地を同目録記載のとおり買い受け(一平方メートル当たり約四八〇〇円ないし約七六〇〇円)、同商事に対してその代金を同目録記載のとおり支払つた。

同原告が右の契約番号<1>ないし<5>の各売買契約を締結したのは、三青商事の従業員である上田豪二や磯山弘などが同原告に対し、真実は、後記3のとおり、右各土地は販売代金以上に値上がりする見込みが全くなく、その実際の価格が右代金に比して著しく低い土地であるにもかかわらず、また、同商事において将来、転売斡旋をしたり売買代金を返還したりする意思など全くないにもかかわらず、右<1>の売買契約締結の際には「青森にいい土地がある。むつ小川原開発計画が進められ、将来コンビナ-トができ、住宅や工業用地の需要が増える。銀行金利より遥かに有利で確実だ。(換金については)二、三年後に当社で転売する。」との虚偽の事実を、右<2>、<3>の売買契約締結の際には「もつと買つておけば転売に有利だ。昭和六〇年一二月には確実に転売する。」との虚偽の事実を、右<4>の売買契約締結の際には「転売すると税金がかかる。税金対策のために今までの土地に対して代替地が必要となる。転売時には代替地代金は返還する。」との虚偽の事実を、右<5>の売買契約締結の際には「前回のとき購入面積が少なかつた。転売に際しては面積が広い方がいい。もう少し買つてくれないか。」との虚偽の事実をそれぞれ述べて同原告を欺き、同原告をしてその旨誤信させたためである。

(四) 原告千葉孝子(以下「原告千葉」という。)は、千葉啓司(同原告の夫)名義で、三陽商事から、昭和五八年五月九日から同年八月二三日までの間に三回にわたり、別紙売買契約目録(3)記載の契約番号<1>ないし<3>の各土地を同目録記載のとおり買い受け(一平方メートル当たり約六一〇〇円ないし六七〇〇円)、同商事に対してその代金を、同目録記載のとおり支払つた。

同原告が右の契約番号<1>ないし<3>の各売買契約を締結したのは、三陽商事の従業員である金本茂雄や磯山弘などが同原告に対し、真実は、後記3のとおり、右各土地は販売代金以上に値上がりする見込みが全くなく、その実際の価格が右代金に比して著しく低い土地であるにもかかわらず、また、国による買取の予定など存在せず、同商事において将来、転売斡旋をする意思など全くないにもかかわらず、右<1>の売買契約締結の際には「青森に石油コンビナートができ五年位すると泉北ニュータウンのような団地が建ちます。国の開発事業のため五年後には必ず国がこの土地を買い取ることになつています。この土地は五年後位には一・五倍位に値上がりし銀行の金利よりも儲かります。」との虚偽の事実を、右<2>の売買契約締結の際には「今回は、今までに買つて貰つたお客様だけに勧めているお得な土地の話です。この土地は昭和六〇年には工事が始まることが決まつています。今から二年間だけ持つていてもらえばよいのです。」との虚偽の事実を、右<3>の売買契約締結の際には「以前にあなたが購入した物件の転売のことでお伺いした。現在あなたが持つている五〇坪では転売が困難です。転売することを考えているのなら、あと五〇坪買い足して一〇〇坪という広い区画でないといけません。」との虚偽の事実をそれぞれ述べて同原告を欺き、同原告をしてその旨誤信させたためである。

(五) 原告硲恵美子(以下「原告硲」という。)は、三青商事から、昭和五八年三月二九日から同六一年七月二六日までの間に五回にわたり、別紙売買契約目録(4)記載の契約番号<1>ないし<5>の各土地を同目録記載のとおり買い受け(一平方メートル当たり約六七〇〇円ないし七五〇〇円)、同商事に対しその代金を同目録記載のとおり支払つた。

同原告が右の契約番号<1>ないし<5>の各売買契約を締結したのは、三青商事の従業員である上田豪二や森口茂雄などが同原告に対し、真実は、後記3のとおり、右各土地は販売代金以上に値上がりする見込みが全くなく、その実際の価格が右代金に比して著しく低い土地であるにもかかわらず、また、同商事において将来、買戻をしたり転売斡旋をしたりする意思など全くないにもかかわらず、右<1>、<2>の各売買契約締結の際には「当社は青森県に多くの土地を持つていますが保有税がとられるのでこの土地を五年間預かつてもらえませんか。五年後には買値の八割増しで買い戻し公的機関に売却します。預金しているよりも有利です。」との虚偽の事実を、右<3>の売買契約締結の際には「青森県のこの土地がむつ小川原開発計画によつて必ず値上がりします。この土地は坪二万五〇〇〇円しますが半額に値引きします。当社が二、三年後には転売してあげますから銀行預金よりもずつと有利です。」との虚偽の事実を、右<4>、<5>の各売買契約締結の際には「転売すると税金を取られて損をします。この代替地を買えば税金が安くなります。」との虚偽の事実をそれぞれ述べて同原告を欺き、同原告をしてその旨誤信させたためである。

(六) 原告中川武(以下「原告中川」という。)は、三青商事から、昭和五九年三月四日から同六一年一月六日までの間に九回にわたり、別紙売買契約目録(5)記載の契約番号<1>ないし<9>の各土地を同目録記載のとおり買い受け(一平方メートル当たり約四一〇〇円ないし一万五二〇〇円)、同商事に対してその代金を同目録記載のとおり支払つた。

同原告が右の契約番号<1>ないし<9>の各売買契約を締結したのは、三青商事の従業員である松村武雄や磯山嘉弘が同原告に対し、真実は、後記3のとおり、右各土地は販売代金以上に値上がりする見込みが全くなく、その実際の価格が右代金に比して著しく低い土地であるにもかかわらず、また、同商事において将来、転売斡旋をする意思など全くないにもかかわらず、右契約番号<1>ないし<5>の各売買契約締結の際には「今は銀行の金利が下がつています。利率のいいのに乗り換えたらどうですか。青森県のこの土地はむつ小川原開発計画によつて必ず値上がりします。新幹線も通るので年に一九パーセントの利益は保障します。この土地は二年経過すれば転売しなければなりません。転売については会社の責任でします。」との虚偽の事実を、右契約番号<6>の売買契約締結の際には「転売の優先権を得るためには更に土地を購入してもらわなければなりません。この土地を買わないと転売できません。」との虚偽の事実を、右契約番号<7>ないし<9>の各売買契約締結の際には「あなたは転売物件が多いのでより多くの代替地を買つてもらわなければ転売できません。」との虚偽の事実をそれぞれ述べて同原告を欺き、同原告をしてその旨誤信させたためである。

3  (右2の(二)ないし(六)の各売買契約の目的物である土地の価格、値上がりの可能性等)

(一) 昭和四四年以前における青森県上北郡の山林原野の取引価格は一反当たり一万円ないし三万円(一平方メートル当たり一〇円ないし三〇円)であつた。

(二) 昭和四四年五月に政府の新全国総合開発計画が発表され、その前後ころ、東京の大手不動産業者が上北郡の六ケ所村などの山林原野を一反当たり三万円で買収を始めたという噂が流れ、地元の不動産業者も思惑買いに動きだした。

昭和四五年から同四七年六月の第一次基本計画発表のころまでの間は、上北郡の六ケ所村、東北町、野辺地町、横浜町の一帯(前記2の(二)ないし(六)の各売買契約の目的物である土地の在する地域)がむつ小川原開発計画の開発地域に入る可能性があると一般に考えられており、工業用地や関連用地として買い上げられることを見込んで東京や大阪の不動産業者が土地の買付けに押しかけてきた。そのため、右一帯の山林原野の価格は急騰し、昭和四六年ころから同四七年ころのピーク時には、一平方メートル当たりの標準的な取引価格が約五〇〇円になつた。当時は、地理的条件に関係なく山林原野が買い占められ、どのような所でも一平方メートル当たり約三〇〇円の取引価格がつき、幹線道路に面している山林原野であれば一平方メートル当たり約一二〇〇円ないし一三〇〇円という価格もついていた。

(三) ところが、昭和四七年六月に発表された第一次基本計画では、開発区域が当初考えられていたよりはるかに縮小され、六ケ所村の一部(尾駮沼及び鷹架沼の周辺)に限られていたため、開発区域からはずれた六ケ所村、東北町、野辺地町、横浜町については土地の買手がつかない状態になり、取引価格は急速に下がつてゆき、昭和四八年のいわゆるオイルショックを経て、土地ブームは完全に沈静化し、思惑による投機売買は全く行われなくなつた。

(四) 昭和五〇年から同五四年にかけて、開発区域外の六ケ所村、東北町、野辺地町、横浜町の山林原野の取引価格は、一平方メートルあたり約二〇〇円ないし四〇〇円の範囲であつたが、その後、昭和五五年から同六一年ころにかけては概ね一平方メートル当たり約一〇〇円ないし三〇〇円の価格で取引されており、集落に近く直ぐ畑に転用できるような所でも一平方メートル当たり約五〇〇円の取引価格であり、右取引価格は現在も同様である。

(五) 三陽商事等が原告らに販売した前記2の(二)ないし(六)の各土地は、いずれもむつ小川原開発の開発区域から完全にはずれており開発に伴う波及効果が生ずることは全く期待できないうえ、その存在する場所、地形等から電気、水道、ガスをひくためには莫大な費用がかかり、宅地にすることは事実上不可能で、せいぜい畑に転用することができるに過ぎない。また、その価格は一平方メートル当たり約一〇〇円ないし三〇〇円で、畑に転用することが可能な平坦地でも一平方メートル当たり約五〇〇円に過ぎず、将来において、右価格を上昇させるような社会的、経済的要因は存せず、値上がりする見込みは全くない。しかも、これらの土地は、せいぜい畑としてしか利用できないにもかかわらず、いずれも一六五平方メートル(五〇坪)位の広さ(最大で二二〇平方メートル)に細かく分筆されているところ、土地を畑として利用しようとする者が右のような広さの土地を一筆単位で買うことはほとんど考えられないため、一筆単位で考えるとその利用も処分も著しく困難であり、市場価格は殆ど零に近い。

4  (被告の行為--前記2の詐欺行為との関わり)

(一) 被告は、昭和五五年秋ころ、木野目誠一郎(以下「木野目」という。)の紹介で、三陽商事等において、専務取締役の肩書で同商事等が販売する土地の仕入を担当していた天野光祥(以下「天野」という。)と知り合い、同人に、青森県上北郡の野辺地町、東北町、横浜町辺りの山林原野を世話してほしい旨依頼されたことから、和合開発の代表者として、昭和五五年一一月から同六一年七月にかけて、右山林原野を地主から購入したうえ、三陽商事等に売却していた。そして、三陽商事等は、右山林原野を高い価格で販売するため、五〇坪あるいは一〇〇坪位の広さに分筆したうえ、大阪及びその周辺の者に対して前記2のとおりの方法で販売していた。

(二) 別紙売買契約目録(1)ないし(5)記載の各土地の内同目録の備考欄に「三陽商事等が和合開発から購入したもの」と記載されている山林原野(以下「本件各山林原野」という。)は、被告が、昭和五六年六月から同六一年七月にかけて、和合開発の代表者として、地主から一平方メートル当たり一九八円ないし三〇〇円で仕入れたうえ、三陽商事等に対して一平方メートル当たり三四七円ないし四九九円で売却した山林原野(以下「分筆前の本件各山林原野」という。)を、三陽商事等において前記のとおり分筆して販売したものである。

二  原告らの主張

1  (故意、過失)

(一) 被告は、三陽商事等に対し、分筆前の本件各山林原野を売却した際、これが開発区域から完全に外れており開発に伴つて値上がりする見込みなど全くない土地であり、地元ではほとんど買い手のつかないような利用価値のない土地であることを知つていた。また、被告は、分筆前の本件各山林原野の売却より前に三陽商事等に対して売却した山林原野を、同商事等が分筆したうえ、大阪で、現地の実情を知らない客に対して、開発で値上がりするなどと虚偽の勧誘を行つてこれを販売していたことを知つていた。従つて、被告は、三陽商事等に分筆前の本件各山林原野を売却すれば、同商事等がこれを右と同様に虚偽の勧誘を行つて販売するであろうこと、従つて、同商事等の詐欺行為を幇助する結果になることを予見しながら、あえて和合開発の代表者として、同商事等に対し、右各山林原野を売却したものであり、三陽商事等の原告らに対する詐欺行為(前記一2)の内、本件各山林原野を売却した行為(以下「本件詐欺行為」という。)について、これを故意に幇助したものである。

(二) 仮に、被告が本件詐欺行為を故意に幇助したことが認められないとしても、被告は、本件詐欺行為を過失により幇助したものである。

すなわち、被告は、三陽商事等が購入した山林原野を五〇坪あるいは一〇〇坪に分筆して大阪の方で販売していることを聞き、右山林原野を細分化して販売すること自体がその土地を無価値にすることであると地元では考えられていることから、そのような販売方法は異常であると感じていた。また、被告は、三陽商事等が大阪の客を飛行機で現地に連れてきて温泉に宿泊させるという招待旅行を行つていることを聞き、三陽商事等はそのような経費をかけても採算がとれるように売つているであろうから、大阪の方では、これらの山林原野を一坪当たり五〇〇〇円ないし七〇〇〇円(一平方メートル当たり約一五〇〇円ないし二一〇〇円)位の高い価格で売つているのであろう、その際、客に対しては開発で値上がりするなどと言つて勧誘しているのであろうと推測し、三陽商事等が違法な販売行為を行つているのではないかという疑念を抱いていた。

被告は、宅地建物取引主任の資格を持つ宅地建物取引業者であるところ、宅地建物取引業者には信義誠実義務もしくは善管注意義務に基づき取引関係者に不測の損害を被らせないよう十分配慮して宅地建物取引の業務を処理すべき業務上の注意義務があるのであるから、右のとおり三陽商事等が違法な販売行為を行つているのではないかという疑念を抱いていた被告としては、不動産登記簿を閲覧することによつて判明する三陽商事等からの土地の購入者に対して聞き取り調査を実施するなどの方法で、同商事等が実際に違法な販売行為を行つていないかどうか調査し、同商事等が違法な販売行為を行つているのであれば、直ちに同商事等との取引を中止すべき注意義務があるというべきであり、右調査を行えば、三陽商事等が違法な販売行為を行つていることは容易に判明したのである。しかも、和合開発と三陽商事等との取引は、昭和五五年末から昭和六一年にかけて多数回にわたつて行われていたのであるから、被告には右調査の機会が十分にあつたのである。それにもかかわらず、被告は右注意義務を怠り、前記一4(二)のとおり三陽商事等に分筆前の本件各山林原野を売却したのであるから、被告は本件詐欺行為を過失により幇助したものである。

2  (原告らの損害)

(一) 原告らは、三陽商事等による本件詐欺行為により、次のとおりの損害を受けた。

(1) 本件詐欺行為に基づく売買代金の支払額相当額

原告各自について、それぞれ別紙請求金目録の支払金額欄記載の金額

(2) 弁護士費用

原告らは、原告訴訟代理人らに本件損害賠償請求事件の訴訟追行を依頼し、その弁護士費用としてそれぞれ別紙請求金目録の弁護士費用欄記載の金員を支払う旨約した。

(二) 損益相殺について

三陽商事等と原告らとの間の本件各山林原野についての各売買契約(前記一2の(二)ないし(六))は、原告らが、大阪周辺の居住者で本件各山林原野の存する現地の状況に疎いことに乗じて、三陽商事等が、原告らを欺き、右山林原野を同商事等の仕入価格の約一二ないし一八倍もの高額で売却したものであり、公序良俗に反し、無効である(民法九〇条)。従つて、原告らは、本件山林原野の所有権を取得しておらず、右山林原野の価格相当額を右(一)の損害から損益相殺として控除すべきではない。

3  過失相殺について

被告は、本件詐欺行為を故意に幇助したのであるから、公平の見地からいつても、過失相殺は行うべきではない。

仮に、被告が本件詐欺行為を過失により幇助したものであるとしても、被告は、三陽商事等の具体的な勧誘文言や販売価格を認識していなかつたというに過ぎず、同商事等が違法な販売行為を行つていることの疑いはもつていたのであるから、その過失の内容は限りなく故意に近いものというべきであり、右と同様に考えるべきである。

4  よつて、原告らは、被告に対し、不法行為(民法七一九条二項、七〇九条)又は、商法二六六条の三に基づく損害賠償請求として、それぞれ別紙請求金目録の合計金額欄記載の各金員及び内同目録の支払金額欄記載の各金員に対する同目録の最終支払日欄記載の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

三  被告の主張

被告は、三陽商事等が前記一2のように原告らを欺いて本件各山林原野を販売するとは思わずに、和合開発を代表して、分筆前の本件各山林原野を三陽商事等に売却したものであり、原告らに対して損害賠償責任を負うものではない。

第三  当裁判所の判断

一1  前記第二の一2の事実によれば、三陽商事等は、真実は、本件各山林原野が販売代金以上に値上がりする見込みが全くなく、その実際の価格が右代金に比して著しく低い土地であるにもかかわらず、本件各山林原野が数年間で確実に値上がりする有望な土地である旨虚偽の事実を述べ、また、同商事等において本件各山林原野を将来、転売斡旋する意思がないにもかかわらず、これがあるかのように装うなどして、原告らを欺くことによつて、原告らに対して、本件各山林原野を売却したものであつて、右売却行為が詐欺として違法であり、三陽商事等が原告らに対し、右の行為(本件詐欺行為)によつて原告らが受けた損害について、不法行為に基づく損害賠償責任を負うことは明らかである。

2  また、三陽商事等が原告らに対して売却した本件各山林原野は、和合開発を代表する被告から購入した山林原野を分筆したものであるから(前記第二の一4(二))、被告が三陽商事等に対して分筆前の本件各山林原野を売却したことが、同商事等による本件詐欺行為の実行を容易にしたものといえる。

二  故意、過失について

1  原告らは、「被告は、三陽商事等に分筆前の本件各山林原野を売却すれば、三陽商事等の詐欺行為を幇助する結果になることを予見しながら、あえて和合開発の代表者として、同商事等に対し、分筆前の本件各山林原野を売却したものであり、三陽商事等の原告らに対する本件詐欺行為を故意に幇助したものである。また、仮に、故意に幇助したことが認められないとしても、過失によつて幇助したものである。」と主張するので(原告らの主張1)、以下この点について判断する。

2(一)  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告は、昭和三五年ころに宅地建物取引主任者の資格をとり、葬儀屋を経営する一方で不動産業を始め、昭和四五年ころ、むつ小川原開発計画に伴つて土地ブームとなつたことをきつかけに本格的に土地の売買等を行うようになり、昭和五二年に和合開発を設立して、その代表者として土地の売買や仲介等を行つていた。

(2) 被告は、三陽商事等に分筆前の本件各山林原野を売却した際、右各山林原野が、値上がりする見込みがなく、しかも、宅地に転用することはできず、せいぜい畑として利用することができるに過ぎない土地であることを知つており、その価格は一坪当たり一〇〇〇円位であろうと考えていた。

(3) 被告は、三陽商事等と、山林原野を売買する取引を開始して間もなく、同商事等が被告から購入した山林原野を五〇ないし一〇〇坪に分筆したうえで、大阪の方で販売していることを木野目などから聞いて知つた。

畑にしか利用できない土地を五〇ないし一〇〇坪に分筆して売ることは、奥の土地は進入路の確保を要することになるうえ、そのような土地を一筆単位で買う者はほとんどいないから移転登記手続の費用だけで割が合わなくなるなど常識では考えられないものであり、被告も異常な方法であるとは感じたが、昭和四四年から同四七年にかけて投機売買が行われたときに(前記第二の一3)、東京や大阪からきた不動産業者が山林原野を五〇ないし一〇〇坪に分筆して、東京や大阪で販売していたことから、被告は、そうした方法も東京や大阪では普通にあるものと考えていた。

(4) 被告は、三陽商事等が被告から購入した山林原野を具体的にいくらで販売しているのかは知らなかつたが、当時、木野目から、三陽商事等が大阪の客を飛行機で青森に連れてきて、現地をバスで案内して温泉で一泊させるなどしていることを聞き、三陽商事等はそのような経費をかけてもなお採算が合うような高い値段で売つているであろうと考え、おそらく一坪当たり五〇〇〇円ないし七〇〇〇円(一平方メートル当たり約一五〇〇円ないし二一〇〇円)で売つているのではないかと推測していた。

(5) 被告は、三陽商事等に対して分筆前の本件各山林原野を売却した際、三陽商事等が従前、和合開発から購入した山林原野を客に販売するときにどのようなことを述べて客を勧誘しているかについては知らなかつたが、右のような高い値段で販売するについては、客に対して、開発で値上がりするなどと適当なことを言つて販売しているのではないかと想像していた。しかし、他方、被告は、大阪では土地が坪何十万円もするため大阪で土地を買うことができない人が、大阪で土地を買うよりもはるかに安いということで青森の土地を買つて自己満足する人がいるなど、大阪の方では右のような山林原野についても需要があるのであろうとも考え、結局、買主である三陽商事等が買い受けた山林原野をどのように利用処分しようと被告自身には関係がないことと考えて、分筆前の本件各山林原野を三陽商事等に対して販売していた。

(二)  右(一)の事実によれば、被告としては、三陽商事等が行つた本件詐欺行為を具体的に予見していたわけではないが、三陽商事等が、値上がりの見込みのない山林原野を開発で値上がりすると言つて、客に対して、実際の価格の数倍にあたる一坪当たり五〇〇〇円ないし七〇〇〇円の価格で販売することについては、一応予見していたことが認められる。しかし、被告は、三陽商事等が客に対して開発で値上がりすると言つて販売していたことを現実に知つていたわけではなく、右の予見は、被告が三陽商事等の客に対する販売価格を前記(一)(4)のとおり推測したことに基づいて想像したものに過ぎないこと、被告は、右のとおり予見するとともに、他方において、大阪の方では地価が高いため、三陽商事等に売却した山林原野のような土地についても需要があるものと考えていたことに照らせば、被告が、三陽商事等が開発で値上がりすると言つて客に山林原野を販売していた事実を認識、認容していたことまでは認められず、被告が本件詐欺行為を故意に幇助したということはできない。

3  しかし、《証拠略》によれば、和合開発が分筆前の本件各山林原野を三陽商事等に売却するより前である昭和五三年ころから同五五年六月にかけて、客を無料招待旅行に連れて行くなどして、著しく価値が低い北海道の原野を、将来確実に値上がりする、数年経てば倍以上の価格で買い取るなどと虚偽の事実を述べて、実際の価格の数十倍の高値で客に販売していたとして、詐欺、宅地建物取引業法違反の疑いで容疑者が逮捕されたことや、被害者が損害賠償請求訴訟を提起したことが新聞報道されたことが数件あつたことが認められるところ、右事実に加えて、(一)被告は、長年にわたつて不動産業を営んできた者であり、分筆前の本件各山林原野が値上がりする見込みがなく、せいぜい畑として利用できるに過ぎず、その価格は一坪当たり一〇〇〇円位であろうと考えていたこと、(二)右のように畑にしか利用できない土地を五〇ないし一〇〇坪に分筆して売ることは、常識では考えられないことであり、被告も、三陽商事等が右のように分筆したうえ客に販売していると聞いて、異常な方法であると感じていたこと、(三)被告は、当時、三陽商事等が大阪の客を飛行機で青森に連れてきて、現地をバスで案内して温泉で一泊させるなどしていることを聞いて知つており、三陽商事等は採算を合わせるために、おそらく一坪当たり五〇〇〇円ないし七〇〇〇円(一平方メートル当たり約一五〇〇円ないし二一〇〇円)の高い価格で、本件各山林原野を販売しているであろうと推測していたこと、(四)被告は、三陽商事等が右のような高い値段で販売するについては、客に対して、開発で値上がりするなどと適当なことを言つて販売しているのではないかと想像していたこと(前記2(一))に照らせば、被告としては、三陽商事等が大阪で、本件各山林原野を、真実は、右山林原野が値上がりする見込みのない著しく価値の低い土地であるにもかかわらず、むつ小川原開発によつて値上がりするなどと虚偽の事実を述べて、右山林原野の実際の価格をはるかに越える金額で客に販売することを予見したうえ、三陽商事等に対して分筆前の本件各山林原野を売却することを避けるべき注意義務があつたというべきである。

従つて、被告が、大阪の方では、本件各山林原野についてもこれを一坪当たり五〇〇〇円ないし七〇〇〇円で購入する需要があると考えて、分筆前の本件各山林原野を三陽商事等に売却したことは右注意義務に違反するものであり、被告は、三陽商事等の本件詐欺行為を幇助したことについて過失があるというべきである。

4  よつて、被告は、原告らに対して、不法行為(民法七一九条二項、同条一項)に基づく損害賠償責任を負うことになる。

三  原告らの受けた損害(但し、弁護士費用は除く)について

1  前記第二の一2ないし4の事実によれば、原告らは、それぞれ、三陽商事等による本件各山林原野に係る本件詐欺行為により、次の各売買契約(以下「本件各売買契約」という。)を締結し、右各契約に基づき、その支払金額記載の金員を支払い、右金額相当の損害を受けたことが認められる。

(一) 原告池内

別紙売買契約目録(1)の契約番号<1>、<2>の各売買契約

(支払金額 <1>につき一二五万円、<2>につき一〇〇万円、合計二二五万円)

(二) 原告藤本

別紙売買契約目録(2)の契約番号<5>の売買契約

(支払金額 八〇万円)

(三) 原告千葉

別紙売買契約目録(3)の契約番号<1>、<3>の各売買契約

(支払金額 <1>につき一一〇万円、<3>につき一一〇万円、合計二二〇万円)

(四) 原告硲

別紙売買契約目録(4)の契約番号<1>、<5>の各売買契約

(支払金額 <1>につき一一〇万円、<5>につき一五二万円、合計二六二万円)

(五) 原告中川

別紙売買契約目録(5)の契約番号<9>の売買契約

(支払金額 一五〇万円)

2  損益相殺について

原告らは、本件各売買契約に基づいて、それぞれ本件各山林原野の所有権を取得しているかの如くであるので、右各山林原野の価格を、損益相殺として、右1の損害からそれぞれ控除すべきか否かについて検討するに、原告らは、被告に対して、本件口頭弁論期日において、本件各売買契約は公序良俗に反し無効である旨主張しているところ(原告らの主張2(二))、前記第二の一2、3の事実及び甲四二号証によれば、本件各売買契約は、いずれも三陽商事等が、原告らの軽率、無経験に乗じて、真実は、右各山林原野が、販売代金以上に値上がりする見込みが全くなく、その実際の価格が右代金に比して著しく低い土地であるにもかかわらず、数年の間に確実に値上がりする有望な土地である旨虚偽の事実を述べ、また、同商事等において右各山林原野を将来、販売代金以上の金額で買い取つたり、転売斡旋したりする意思がないにもかかわらず、これがあるかのように装うなどして原告らを欺いて締結したものであり、その販売代金は、いずれも三陽商事等が和合開発から購入した価格の十数倍であつたことが認められ、右事実によれば、本件各売買契約はいずれも公序良俗に反し、無効というべきである(民法九〇条)。

従つて、原告らは、いずれも本件各山林原野の所有権を取得していないことになるから、その価格を、損益相殺として前記1の損害から控除すべきではない。

四  過失相殺について

1  《証拠略》によれば、原告らは、三陽商事等との間で、本件各売買契約を締結した際、本件各山林原野の価格やその値上がりの可能性等について、三陽商事等の従業員の言うことをそのまま信じ、その裏付調査を全くしなかつたことが認められ、右事実によれば、その損害の発生について原告らに過失があるというべきところ、原告らは、「被告は、本件詐欺行為を故意に幇助したものであるし、仮に、右詐欺行為を過失によつて幇助したものであるとしても、右過失の内容は、故意に近いものであるから、原告らの過失をもつて過失相殺すべきではない」旨主張するので(原告らの主張3)、過失相殺をすべきか否かについて、以下検討する。

民法七二二条二項が不法行為による損害賠償の額を定めるにつき被害者の過失を斟酌することができる旨を定めたのは、不法行為によつて発生した損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるという公平の理念に基づくものであるから、加害者が故意に違法な行為を行つて被害者に損害を与えた場合で、被害者の過失を斟酌することが公平の理念に反するようなときは、損害賠償の額を定めるにつき右過失を斟酌すべきでないというべきである。しかしながら、被告の不法行為は、前記一、二のとおり、本件詐欺行為を過失によつて幇助したというものであつて、右の事実関係に照らせば、損害賠償の額を定めるにつき原告らの過失を斟酌することが右公平の理念に反するという事情は存しないというべきであり、原告らの右主張を採用することはできない。

2  そこで、原告らの受けた損害について、被告と原告らの過失割合について検討するに、前記二3の被告の過失の内容及び原告らの右1の過失の内容並びに(一)被告は、本件詐欺行為を実行したものではなく、その関与の仕方は間接的であつたこと、(二)被告は、三陽商事等が本件各山林原野を一坪当たり五〇〇〇円ないし七〇〇〇円位の高い価格で売却しているのではないかと推測していたものの、同商事等が原告らに対して右各山林原野を実際に販売した価格はその数倍の額に上り、被告の予測を越えるものであつたことに鑑みれば、右過失割合は、被告三、原告ら各七の割合というべきである。

よつて、原告らの前記三1の各損害額のうち、被告が負担すべき損害額は以下のとおりである。

(一) 原告池内 二二五万円×〇・三=六七万五〇〇〇円

(二) 原告藤本 八〇万円×〇・三=二四万円

(三) 原告千葉 二二〇万円×〇・三=六六万円

(四) 原告硲 二六二万円×〇・三=七八万六〇〇〇円

(五) 原告中川 一五〇万円×〇・三=四五万円

五  弁護士費用について

原告らが本件訴訟の追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任したことは本件記録上明らかであり、本件事案の内容、本件訴訟の経過及び認容額に照らすと、原告らが被告に対して、被告の不法行為に基づく損害として賠償を求めることができる弁護士費用は、原告池内につき六万七五〇〇円、同藤本につき二万四〇〇〇円、同千葉につき六万六〇〇〇円、同硲につき七万八六〇〇円、同中川につき四万五〇〇〇円とするのが相当である。

六  以上によれば、(一)原告池内の請求は、被告に対して七四万二五〇〇円及び内六七万五〇〇〇円に対する昭和五六年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、(二)原告藤本の請求は、被告に対して二六万四〇〇〇円及び内二四万円に対する昭和六〇年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、(三)原告千葉の請求は、被告に対して七二万六〇〇〇円及び内六六万円に対する昭和六〇年七月六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、(四)原告硲の請求は、被告に対して八六万四六〇〇円及び内七八万六〇〇〇円に対する昭和六一年八月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、(五)原告中川の請求は、被告に対して四九万五〇〇〇円及び内四五万円に対する昭和六一年一月八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから右の限度でこれを認容することとし、原告らのその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野憲一)

裁判長裁判官 松尾政行、裁判官 井田 宏は転任のため署名押印することができない。

(裁判官 小野憲一)

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